肥後新田藩

肥後新田藩(ひごしんでんはん)は、熊本藩 22支藩熊本新田藩とも。末期に高瀬藩(たかせはん)と称す。

寛文6年(1666年)、熊本藩3代藩主・細川綱利の弟・利重が熊本藩の蔵米より3万5千石を分与され立藩した。江戸鉄砲洲に住み参勤交代を行わない定府大名であった。しかし、明治維新により慶応4年(1868年)に仮藩庁を高瀬町奉行所(玉名市)に置いた。これにより、高瀬藩と改称した。明治3年(1870年)、玉名郡岩崎村(玉名市)に正規の陣屋が完成し移った。しかし、同年には熊本藩に合併し廃藩となった。

歴代肥後新田藩主

細川家

外様 3万5千石 (1666年 - 1870年)

  1. 利重
  2. 利昌
  3. 利恭
  4. 利寛
  5. 利致
  6. 利庸
  7. 利国
  8. 利愛
  9. 利用
  10. 利永
大政奉還から廃藩置県までの間に存在した
慶応3年(1867年)旧暦10月 - 明治4年(1871年)旧暦7月
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関連項目
藩庁の置かれた地域を基準に分類しているが、他の地方に移転している藩もある。順番は『三百藩戊辰戦争事典』による。
明治期の変更: ★=新設、●=廃止、○=移転・改称、▲=任知藩事前に本藩に併合。()内は移転・改称・併合後の藩名。()のないものは県に編入。