寛政

曖昧さ回避 この項目では、江戸時代の年号について説明しています。室町時代の年号については「寛正 22」をご覧ください。

寛政かんせいは、日本元号の一つ。天明の後、享和の前。1789年から1801年までの期間を指す。この時代の天皇光格天皇江戸幕府将軍は第11代、徳川家斉

改元

災異のための改元が検討されたものの、内裏の再建が優先され、実際に改元の議論が始まったのは、火災より1年近く経った天明8年12月に入ってからであった。7つの候補のうち、「寛政」と「寛安」が朝廷から推され、幕府の意向で「寛政」に決定された[1]

出典

左伝』の「施之以、寛以済猛、猛以済寛、是以和」(寛を以て之を施す、猛を済(たす)けるを以て寛、寛を済けるを以て猛、政は和を以てす)から。

寛政年間の出来事

方広寺大仏(京の大仏)が落雷による火災で焼失(寛政10年)。画像はエンゲルベルト・ケンペルによる大仏のスケッチ[2]

誕生

死去

西暦との対照表

※は小の月を示す。

寛政元年(己酉 一月 二月 三月※ 四月 五月※ 六月 閏六月※ 七月※ 八月 九月※ 十月 十一月※ 十二月
グレゴリオ暦 1789/1/26 2/25 3/27 4/25 5/25 6/23 7/23 8/21 9/19 10/19 11/17 12/17 1790/1/15
ユリウス暦 1789/1/15 2/14 3/16 4/14 5/14 6/12 7/12 8/10 9/8 10/8 11/6 12/6 1790/1/4
寛政二年(庚戌 一月 二月※ 三月 四月 五月※ 六月 七月※ 八月※ 九月 十月※ 十一月 十二月※
グレゴリオ暦 1790/2/14 3/16 4/14 5/14 6/13 7/12 8/11 9/9 10/8 11/7 12/6 1791/1/5
ユリウス暦 1790/2/3 3/5 4/3 5/3 6/2 7/1 7/31 8/29 9/27 10/27 11/25 12/25
寛政三年(辛亥 一月 二月※ 三月 四月 五月※ 六月 七月※ 八月 九月※ 十月 十一月※ 十二月
グレゴリオ暦 1791/2/3 3/5 4/3 5/3 6/2 7/1 7/31 8/29 9/28 10/27 11/26 12/25
ユリウス暦 1791/1/23 2/22 3/23 4/22 5/22 6/20 7/20 8/18 9/17 10/16 11/15 12/14
寛政四年(壬子 一月※ 二月 閏二月※ 三月 四月※ 五月 六月 七月※ 八月 九月※ 十月 十一月※ 十二月
グレゴリオ暦 1792/1/24 2/22 3/23 4/21 5/21 6/19 7/19 8/18 9/16 10/16 11/14 12/14 1793/1/12
ユリウス暦 1792/1/13 2/11 3/12 4/10 5/10 6/8 7/8 8/7 9/5 10/5 11/3 12/3 1793/1/1
寛政五年(癸丑 一月※ 二月 三月※ 四月 五月※ 六月 七月※ 八月 九月 十月※ 十一月 十二月※
グレゴリオ暦 1793/2/11 3/12 4/11 5/10 6/9 7/8 8/7 9/5 10/5 11/4 12/3 1794/1/2
ユリウス暦 1793/1/31 3/1 3/31 4/29 5/29 6/27 7/27 8/25 9/24 10/24 11/22 12/22
寛政六年(甲寅 一月 二月※ 三月 四月※ 五月※ 六月 七月※ 八月 九月 十月 十一月※ 閏十一月 十二月※
グレゴリオ暦 1794/1/31 3/2 3/31 4/30 5/29 6/27 7/27 8/25 9/24 10/24 11/23 12/22 1795/1/21
ユリウス暦 1794/1/20 2/19 3/20 4/19 5/18 6/16 7/16 8/14 9/13 10/13 11/12 12/11 1795/1/10
寛政七年(乙卯 一月 二月※ 三月 四月※ 五月※ 六月 七月※ 八月 九月 十月※ 十一月 十二月
グレゴリオ暦 1795/2/19 3/21 4/19 5/19 6/17 7/16 8/15 9/13 10/13 11/12 12/11 1796/1/10
ユリウス暦 1795/2/8 3/10 4/8 5/8 6/6 7/5 8/4 9/2 10/2 11/1 11/30 12/30
寛政八年(丙辰 一月※ 二月 三月※ 四月 五月※ 六月※ 七月 八月※ 九月 十月※ 十一月 十二月
グレゴリオ暦 1796/2/9 3/9 4/8 5/7 6/6 7/5 8/3 9/2 10/1 10/31 11/29 12/29
ユリウス暦 1796/1/29 2/27 3/28 4/26 5/26 6/24 7/23 8/22 9/20 10/20 11/18 12/18
寛政九年(丁巳 一月 二月※ 三月 四月※ 五月 六月※ 七月※ 閏七月※ 八月 九月※ 十月 十一月 十二月
グレゴリオ暦 1797/1/28 2/27 3/28 4/27 5/26 6/25 7/24 8/22 9/20 10/20 11/18 12/18 1798/1/17
ユリウス暦 1797/1/17 2/16 3/17 4/16 5/15 6/14 7/13 8/11 9/9 10/9 11/7 12/7 1798/1/6
寛政十年(戊午 一月※ 二月 三月 四月※ 五月 六月※ 七月※ 八月 九月※ 十月※ 十一月 十二月
グレゴリオ暦 1798/2/16 3/17 4/16 5/16 6/14 7/14 8/12 9/10 10/10 11/8 12/7 1799/1/6
ユリウス暦 1798/2/5 3/6 4/5 5/5 6/3 7/3 8/1 8/30 9/29 10/28 11/26 12/26
寛政十一年(己未 一月※ 二月 三月 四月 五月※ 六月※ 七月 八月※ 九月 十月※ 十一月※ 十二月
グレゴリオ暦 1799/2/5 3/6 4/5 5/5 6/4 7/3 8/1 8/31 9/29 10/29 11/27 12/26
ユリウス暦 1799/1/25 2/23 3/25 4/24 5/24 6/22 7/21 8/20 9/18 10/18 11/16 12/15
寛政十二年(庚申 一月 二月※ 三月 四月 閏四月※ 五月 六月※ 七月 八月※ 九月 十月※ 十一月 十二月※
グレゴリオ暦 1800/1/25 2/24 3/25 4/24 5/24 6/22 7/22 8/20 9/19 10/18 11/17 12/16 1801/1/15
ユリウス暦 1800/1/14 2/13 3/13 4/12 5/12 6/10 7/10 8/8 9/7 10/6 11/5 12/4 1801/1/3
寛政十三年(辛酉 一月 二月※ 三月 四月※ 五月 六月※ 七月 八月 九月※ 十月 十一月※ 十二月
グレゴリオ暦 1801/2/13 3/15 4/13 5/13 6/11 7/11 8/9 9/8 10/8 11/6 12/6 1802/1/4
ユリウス暦 1801/2/1 3/3 4/1 5/1 5/30 6/29 7/28 8/27 9/26 10/25 11/24 12/23

脚注

  1. ^ 久保貴子「改元にみる朝幕関係」『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』(岩田書院、1998年) ISBN 4-87294-115-2 P265-269
  2. ^ ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー『ケンペルと徳川綱吉 ドイツ人医師と将軍との交流』中央公論社 1994年 p.95
  3. ^ 東京大学地震研究所 『新収 日本地震史料 四巻 別巻』 日本電気協会、1984年
  4. ^ 田谷博吉『近世銀座の研究』吉川弘文館、1963年, p363-379.

関連項目

飛鳥時代
奈良時代
四字元号
平安時代
平氏政権
源氏政権
  • 治承-----1183
  • 寿永1183-1184
  • 元暦1184-----
鎌倉時代
大覚寺統
持明院統
  • 元徳-----1332
  • 正慶1332-1333
南北朝

室町時代
  • 元弘-----1334
  • 建武1334-1336
南朝
北朝
長門探題
  • 貞和-----1351
  • 観応-----1351
  • 正平1351-1352
南朝
北朝
  • 正長-----1431
室町幕府
  • 享徳-----1478
安土桃山時代
江戸時代
近代
現代 (1945 - )
  • 一覧記事一覧
  • カテゴリ カテゴリ

注1:元号の後の年代は元年と末年に対応する西暦赤背景の改元は和暦では年末だが西暦では年始の時期に行われており、換算に注意を要する。
注2:「白雉」は孝徳天皇崩御の年までとされる。
注3:「朱鳥」は天武天皇崩御の年のみとされるが、『万葉集』によると687年から694年まで続いたとされる。
注4:「天平感宝」は元年のうちに改元されたため、後の時代には使われない。
注5:源氏政権の「寿永」は元年に代えて使用開始年を記し、「正平」は南北統一の年と再分裂の年を、「観応」は復活の年をあわせて記す。
注6:「天正」元年以前の西暦はユリウス暦、「天正」末年以後はグレゴリオ暦による。
注7:「明治」以後は一世一元の制が採用されている。
注8:「昭和」は1947年5月3日の日本国憲法の施行により、元号の法的根拠は消失した。その後、1979年に制定された元号法附則第二項において『昭和の元号は、本則第一項(『元号は、政令で定める。』)の規定に基づき定められたものとする。』とされ、元号の法的根拠が明記された。